・真宗大谷派宗務総長 熊谷宗惠「ハンセン病補償金不支給決定取消請求訴訟判決に対する声明」
・宮坂道夫「韓国小鹿島更生園・台湾楽生院訴訟判決と『法の精神』」
首相と・厚生労働大臣に意見表明をしましょう。
・東京地方裁判所民事第38部が言い渡した判決に対して、控訴しないで下さい。
・すみやかに告示を改正して、小鹿島更生園と台湾楽生院の入所者が補償法による支給の対象となることを明確にして下さい。
などなど・・・あなたの気持ちで伝えてください。
★「ご意見募集」ページ
官邸→ http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html
FAX 03-3581-3883
厚生労働省→ https://www-secure.mhlw.go.jp/getmail/getmail.html
FAX 03−3595−2020 メール www-admin@mhlw.go.jp
★はがき、手紙、電報の送り先
〒100−0014 千代田区永田町2−3−1 首相官邸
内閣総理大臣 小泉純一郎 殿
〒100−0013 千代田区霞ヶ関1−2−1 厚生労働省
厚生労働大臣 川崎二郎 殿
・10月31日 厚生労働大臣は川崎二郎氏に。
今日は朝から雨だったので悲しかったのですが、それでも何人もの支援の方が厚生労働省前に集まりました。集まった方がたの祈りが通じたのか空が味方をしてくれて次第に晴れたのでした。
そして解決への道筋への明るい希望がみえたような気になってきたのでした。
1.午後2時30分からは原告の方が 厚生労働省に入り尾辻厚生労働大臣との面会が実現!
2.その間3人の原告の方と弁護士は自民党へヒアリングにでかけました!後藤田正純・田中両議員が原告の話を聞いてくれたそうです。
3.その後午後4時30分からは法務省へ場所は移動し南野法務大臣との面会が実現!
晴れ間がでても寒いなか長時間皆様がんばりました。原告の皆さん・通訳の皆さんのがんばりに励まされています。
退所者の方も50名ほどは残ってくれていて今日も力強い行動をしてくれました。弁護団の先生方も一生懸命行動してくださいます。遠い各地からも様々に活動してくれてる方もいます。心から感謝いたします。
くわしい報告はまた後でお知らせするつもりですが、取り急ぎ明日の行動をお知らせします。たくさんの方にメール転送してお知らせくださいませ。
いよいよ明日は少しでも小泉首相に近いところでの行動をということで衆議院第一議員会館前へ行くことになりました。
衆議院第一議員会館前通路に11時に集合してください!
11時から12時頃までの一時間を予定しているそうです。
原告が帰られる日を私はこの間28日としてしまったかと思いますが、29日に帰るそうです。ですので原告の方とご一緒に行動できるのは明日が最後です。
台湾と韓国の両方の原告が少しでも明るい気持ちで帰国してもらえるように、原告さんの帰りを首を長くして待っている現地の方々に明るい報告をして頂ける様に皆さんの強い声援をお届けください。
どうか是非一人でも多くの方のご参加をお願いします!
衆議院 The House of Representatives
郵便番号 100-0014
東京都千代田区永田町一丁目7番1号
電話番号 (代表)03-3581-5111
最寄り駅
東京メトロ 丸ノ内線 千代田線 「 国会議事堂前」駅 出口1
有楽町線 半蔵門線 南北線 「永田町」駅 出口1
案内図 は衆議院のHPに
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kokkaimap.htm
連日の活動で相当皆さんお疲れと思いますが、くれぐれも体調に気をつけてあと一息がんばりましょう!
小川順子です。あちこち転送大歓迎!
今厚生労働省前に到着。やはり今日は3時に大臣面会できるそうです!午前中は原告の方も高齢なんで今はここにいる方だけで集会をしてお昼休みの人達へのビラ配りします。今から出掛ける方は午後2時30分に厚生労働省前にお集まり下さいませ。原告さんをお見送りします。空は明るくなりそうです。午後からは晴れるかな。勝利までの道筋も明るいといいなあ!
10月27日 午前11時から、厚生労働省前で行動します。一人でも、短時間でも、お越しください。みなさんのお力が必要です。
10月25日 厚生労働大臣への要請書全文
要 請 の 趣 旨
1 本日東京地方裁判所民事第38部が言渡したハンセン病補償金不支給処分の取消しを命じた各判決に対し、控訴をしないこと。
2 すみやかに、告示を改正し、小鹿島更生園と台湾楽生院の入所者が補償法による支給対象となることを明確にすること。
3 すみやかに、原告ら及び弁護団との面談の機会をもつこと
「『発信塔』に掲載されたものに対して感想をいただくということはありませんので、HP担当として大変励みになりました。溝部先生にも伝えさせていただきます」とこちらから返信しました。
あらためての返信に
職場の同僚・先輩から「重い問題なので軽はずみな気持ちではいけない」と言われた部分が、その真実性とあいまって心に残りました。溝部先生にそう忠告された方は善意だったとは思いますが、私自身の体験からしても「あまり深入りするなよ、ほどほどにしとけ」との響きに聞こえるのです。それを乗り越えての実践だけに感激いたしました。報告内容も具体的で素晴らしいもの。
といただきました。
「発信塔」は こちら です。
和泉 眞藏さんの「インドネシア便り」に口火をきっていただいて、さまざまな立場の方から原稿をいただいています。あちらからこちらから、もっともっといろんな声が集まりますように、みなさんのご協力をよろしくお願いいたします。
オンライン運営班
P.S. 西日本新聞(10月14日社会面)に「ハンセン病差別 風化させぬ啓発は紙芝居授業」という見出しで、溝部京子さんの実践が紹介されていましたが、「発信塔」を読まれた記者さんが取材されたということでした。これもうれしいことでした。
(その3)
■2005.9.4 「予防法闘争について」
私は、ハンセン病問題を考えるときに、患者運動の果たしてきた役割、とりわけ、1952(昭和27)年10月から翌年8月までの15ヶ月間に亘る予防法改正闘争を忘れてはならないのではと思っています。
各園の自治会が結集しての全国協議会が発足、発会式が行われたのは1951(昭和26)年2月10日。当初から「予防法」を「患者保護法的性格への改正」要求が重要項目の一つでした。
国会における「三園長証言」(1951年11月8日・参議院厚生委員会)をきっかけに全国各園での予防法闘争が発展。総決起大会や作業スト、デモ行進、国会請願、二百名の武装警官と対峙しての座り込み(参議院通用門前と厚生省玄関前、同大臣室前)行動、各園での自主的ハンストなど激しく闘われました。当時の、恵楓園青年行動隊は血判をしたためて参加したと関係者から直接聞いたことがあります。
しかしながら、衆議院では二日間、参議院でも秘密会審議などで実質審議はなく予防法は原案どおりで、九項目の付帯決議をつけて成立。「全患協ニュース」には次のようにまとめられている。(全療協議編・結成50周年記念誌「復権への日月」より)。
「予防法は遂に原案のまま成立し、8月15日付をもって制定公布されました。誠に残念であります。然し、このことだけをとらえ吾々は完全に失敗し、凡てはもうお終いだなどと考えるのは誤りであります。こんどの運動を通じて吾々が得た教訓と成果は決して小さいものではありません。(略)成果を踏み台にして、更に継続前進させてゆかねばなりません」と。
私は、このまとめの中の次のような一節こそ、その後の自治会運動、全療協の闘いを支えることになったのだと確信しています。
「吾々は団結の力を知り、卑屈な劣等感の枠をつき破って、社会人として呼吸し、実践することを学びました」
つきあいのある入所者のなかには、この予防法闘争によって自分の人生観が変わったと述べる方が多いのです。
この予防法闘争を、国立病院・療養所職員の労組である「全医労」が支えていたことが案外知られていないので、元職員の一人として触れさせていただきます。
国会や厚生省での座り込み行動には、全医労も共闘し、初めての政府との直接交渉の斡旋、第4回総評大会での「患者の基本的人権を守る闘争支援」の緊急動議による決議採択と患者代表による報告と挨拶実現などに尽力していたことを記しておきます。
(その2)
■2005.8.5 「ささやかな体験から」
恵楓園の旧礼拝堂での葬儀の際の、福祉室長の椅子席位置は、入所者の広い畳の席より一段高いとこにあって、お導師の斜め前、ご内陣の中といっていいのでしょうが、そこから参列の入所者を見下すような位置でした。私は、監視の名残りだと感じて改めることにしたのでした。
平成元(1989)年4月当時の入所在籍数は、1042人。
宗教団体別では、 真宗報恩会 623
真言宗真愛会 68 日蓮宗報国会 67
天理教道友会 7 カトリツク暁星会 98
金光教求信会 8 キリスト黎明会 58
日蓮正宗創価学会 50 仏立宗 13
その他 50
と、なっていました。創立80周年記念誌(平成元年5月・園発行)より
入所者の六割が付け出されていた真宗報恩会が、予防法廃止後、間もなくして解散されたことは、毎月二回の法話や会員の法事、通夜、野辺送り、葬儀と皆さんでお世話されていること身近に知っていた私にとっては驚きでした。
解散となった理由は、色色あったようですが、私が個別に断片的に伺ったことによれば高齢化により世話人のなり手がない、入所者の葬いを入所者がなぜしなければならないのかとの指摘、あきらめ、業の教えを説き、隔離の身さえ報謝と差別を受け容れさせてきたではないかとの提起などの声があって、一気に解散となった、と聞きました。その後、真宗同士会が組織されているとのこと。
浄土真宗本願寺派佐賀教区のある組での、ハンセン病問題僧侶研修会に招かれた際に、恵楓園での真宗報恩会の解散のことについて触れさせていただきました。
全体討議の中では、そもそも「業」という教えがあるのか、「業」を布教使が間違って説いてきたからではないのかなどと談合されました。御同朋の道を踏み外していたのでは、との意見もありました。
この僧侶研修会の二月くらい後になつてから、ハンセン病問題の研修は、住職や若院だけでなく、ご門徒と日常的に接している坊守も学習しなければと、その組の坊守研修会での講話の依頼がありました。
その坊守研修会の全体討議の場で、ある若坊守さんが、今まで他人事としてハンセン病問題を考えていたが、今日初めて自分のこととして受け止めることができました、と述べれたのを聞いたときほど嬉しく思ったことはありませんでした。
在職中に遠方から布教に来ていただく多くの先生にも接しましたが、「使」であるべきを、「師」と勘違いしておられるのではと思える先生もおいででした。如来様に背中と尻を向けて話していると「師」と錯覚されるようになるのでしょうか。そのことを心しながら啓発の場に臨んでいるところです。
最終報告書の『宗教界の役割と責任』の項に、「救うもの」と「救われるもの」という構図の中で宗教的取り組みが自己完結していく、という問題がひそむ。とありますが、違った側面からの私の所感を述べさせていただきました。 合 掌
■プレうないフェスティバル2005
〜ハンセン病問題との出遇い〜
◇10月21日(金)
◇テンブスホール(てんぶす那覇4F)
19:00 講演「ハンセン病回復者がふつうに生きられる社会」
お話:吉江真理子さん(『島唄の奇跡』著者)
20:10 ライブ:宮里新一さん with 高校生
入場料:当日1000円(学生500円)*前売700円
主催:ハンセン病問題ネットワーク沖縄
お問い合せ:Tel/Fax.098-890-2491
e-mail: hanetokinawa@yahoo.co.jp
共催:沖縄愛楽園自治会、宮古南静園入園者自治会、
HIV人権ネットワーク沖縄、うないフェスティバル05、那覇市
後援:沖縄県(申請中)、沖縄県教育委員会、那覇市教育委員会、
沖縄県ハンセン病証言集編集事務局
東本願寺沖縄開教本部、西本願寺沖縄開教事務所
チラシ
■ハンセン病問題との出遇い in 石垣
〜八重山商工高校郷土芸能部・愛楽園親善公演模様を伝えたい!〜
◇10月23日(日)14:00〜16:30
◇石垣市立図書館(2F視聴覚室)
・演奏:八重山商工高校郷土芸能部
・講演:「ハンセン病回復者がふつうに生きられる社会」
お話:吉江真理子さん(『島唄の奇跡』著者)
・講義:「戦後八重山のハンセン病」
講師:森川恭剛さん(沖縄県ハンセン病証言集編集委員)
入場料:無料
主催:「ハンセン病問題との出遇い」実行委員会
お問い合せ:石垣Tel.0980-82-3892(八重山商工高校 渡久山 修)
沖縄Tel.098-890-2491(ハンセン病問題ネットワーク沖縄)
◇平野 昭さんの講演会
とき: 10月22日午後7時〜9時
ところ: 鳥取市立大正小学校講堂
主催 : 鳥取市立大正小学校教育委員会
※どなたでも参加できます。
平野 昭さんのHP 「家族の肖像」ホームページ
「発信塔」に平野 昭「これを社会復帰という」を掲載しました。
(その1)
■2005.8.4 「花火のことなど」
貞松と申します。23歳からハンセン病問題に関わって44年、恵楓園と愛楽園にも在職した元職員です。栗生楽泉園の浅井あいさんの訃報を今朝の新聞で知りましたが、全国13園のうち、その楽泉園以外、12園をなんらかの形で訪ねている者です。
各園の夏祭り・盆踊り、花火のことについてお知らせがありましたが、恵楓園の花火にまつわる私の思い出。
私が、恵楓園福祉室長(当時の職名)として入所者の皆さんの福祉や生活のお世話をする部門の責任者として赴任したのは昭和63(1988)年。納涼盆踊り大会で、花火を揚げることを発案して自治会に初めて提案しました。
資金のこと、安全面のこと、地域住民の皆さんに税金を打ち上げていると誤解されないか等の心配がありました。
筑後柳川地方では先祖供養に花火を揚げる風習があることを知っていましたので供養の花火とすることにして、資金は園内外からのカンパで賄うことにし、最初は200発程度として初めての実施にこぎつけました。
入所者はもちろん、地域の皆さんからも喜ばれて安堵したのが昨日のことのようです。この企画を立案した際に、まず盲人会の役員の皆さんに趣旨を説明して諒解を受けることから始めたことを今でも鮮明に記憶しています。
同時に、園内の葬儀には施設を代表して参列する立場でしたが、礼拝堂での葬式では一段高い座で、お導師や参列者に真向かって、阿弥陀如来像を背にして監視するような席に座らせられることを改めることにしました。
昔からのしきたりでそうなっているとの説明だったのですが、強制隔離、監視の象徴のようなしきたりで、人としてどうしても納得できずに、園長と自治会にも相談して、入所者と並んで列席するようになつたのも、まだ17年前のこと。
あの時の人として許せないとの思いを「らい予防法」の廃止へとの行動になしえなかったことが忸怩たる思いです。その自己反省から、市民学会の一会員となり、宗教部会にも参加させていただきました。宜しくお願いします。
NEW■「多くの人が裁判支援を」
福祉運動・みどりの風 原田恵子
■「10月25日に連弾判決 〜判決行動への参加を〜」
ソロクト・楽生院弁護団代表 国宗直子
(「発信塔」より移動)

ハンセン病市民学会 家族部会のページは